大型車の変遷ヤマハ編FZR750ROW-011989

-01FZR750R1989y

当時のヤマハは、おとなしく紳士的で、品のいいバイクを作るメーカー、というイメージが定着していた現在でもそのイメージは残っているが。もちろん、このイメージをスポーツ心の欠如と受け取ってしまうのは大間違いである。というのも、ヤマハはロードレース、モトクロス、トライアルをはじめ、レース活動には世界でも12を争うほど積極的に参加しており、モータースポーツに関する造詣がじつに深いメーカーだからだ。つまりそこには、ロードゴーイングモデルにはそれに最適な性格があり、レースフィールドからのテクノロジーをそのまま無加工にフィードバックするべきではない、という真面目な考え方があったのではないかと推測される。実際、あのバイク界をひっくり返した初期型RZシリーズを見ても、目を見張るような速さとスポーツ性能は携えながら、じつに乗りやすく洗練されたフィールだった。

とはいえ、元来のモータースポーツ好きの血は隠しようもない。レプリカブームが勃発し、各社がこぞってサーキットから飛び出したようなモデルを登場させるなか、ヤマハのレプリカは文句なしにクラストップの戦闘力を誇っていたし、市販車改造のプロダクションレースでも大活躍していた。FZR750R、通称OW-01は、そんなヤマハレプリカの頂点と表現できる、コンペティティブきわまりないモデルであった。

ベースとなったのは、ワークスレーサーのYZF750。鈴鹿8時間耐久2年連続制覇の偉業を筆頭に、あらゆるサーキットでその強さを見せつけてきた最先端のレーシングマシンを、そのまま市販車としてセッティングしたわけだ。ただしこのモデルは、いわゆる究極レプリカとして大量販売を目論むために作られたのではなく、あくまでレース参戦のためのベースマシンとして開発されている。そのため、価格はなんと200万円。各パーツには市販車らしからぬ高品質のものがおごられ、設計自体もワンオフに近いこだわりと速さの追求が行なわれている。つまりOW-01は、プロダクションモデルとしての体裁をととのえるために、一般の人でもいちおう買うことは可能ですよ、というモデルなのだ。もちろんこれは、仕方なく発売した、ということではまったくない。レースに全情熱をかたむけるプライベーターたちに贈られた、メーカーからのビッグなプレゼントなのである。

水冷4スト4気筒20バルブエンジンは、そのルーツこそFZ750に端を発するユニットながら、すべての部分が新設計されてポテンシャルを大幅に向上させている。内部構造を見ても、徹底してレーシーかつ、チューニングアップに耐え得るだけのしっかりした設計になっており、各パーツのバランス取りや組み付け精度、微妙な製造誤差の追放など、地味ながら大切な部分もまったくないがしろにされていない。さらに、超高価なチタンコンロッドを採用するなど、常識外れともいうべき高級パーツをふんだんに採り入れている。

車体回りも完全にサーキット用のディメンションで、街乗りなどではその性能をほとんど活かせないほど。公道走行車としての自主規制から、最高出力こそ77psに抑えられてはいるものの、マフラーを交換して各部をリセッティングし、保安部品を外しただけで、そのままレースに参加できるほどのポテンシャルと速さを持っていた。

その後、プロダクション規定の変更などと絡みながら、1993年には後継モデルYZF750SPへと発展する。より高回転型になったエンジンや旋回性重視のディメンション、極太のアルミフレームに強靱な足回りなど、最新ワークスレーサーのノウハウを惜しみなく投入し、レースファンの間で再び熱狂的な歓迎を受ける。価格のほうも125万円と大幅に低減され、ストリートでも究極の速さを求めたいライダーたちのあこがれのマシンともなっている。